大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)305号 判決 1994年2月03日

東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地

原告

株式会社日立製作所

代表者代表取締役

金井務

訴訟代理人弁理士

武顕次郎

小林一夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

梅村勁樹

宇山紘一

奥村寿一

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和60年審判第8826号事件について平成3年10月3日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年2月10日、名称を「液晶駆動装置用直・並列変換回路」(その後、「マトリクスパネル駆動装置及びマトリクス表示装置」と補正)とする発明につき特許出願をしたが、昭和60年2月25日に拒絶査定を受けたので、同年5月15日、審判を請求した。

特許庁は、同請求を昭和60年審判第8826号事件として審理し、平成元年11月6日に出願公告をしたが、特許異議の申立てがあり、平成3年10月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

2  特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

入力されるパターン信号をシフトクロック信号に同期してシフトさせることによって並列の信号に変換する直・並列変換回路、

該並列の信号を一定時間記憶するラインメモリ、

該ラインメモリの並列出力信号に基づいて、マトリクスパネルのパネル電極への並列の駆動出力信号を発生する駆動回路、

を具備するマトリクスパネル駆動装置において、

該直・並列変換回路は、双方向のシフトが可能な複数のフリップフロップを多段接続し、両端どちらか一方のフリップフロップから上記パターン信号の入力を可能ならしめた直・並列変換回路であることを特徴とするマトリクスパネル駆動装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、特開昭52-143717号公報(以下「引例1」という。)、特公昭47-5487号公報(以下「引例2」という。)及び特開昭52-37731号公報(以下「引例3」という。)には、次に示す事項が開示されているものと認められる。

イ 引例1

文字パターンデータを並列に変換するシフトレジスタ(34)、前記の並列に変換されたデータを記憶するラッチ回路(36)、ラッチ回路からのデータに基づいてマトリックス型表示パネル(20)を駆動させる列ドライバ(18)を有するマトリックス型表示パネル駆動装置(公報第2頁左上欄14行ないし同頁右下欄14行、別紙図面2第1図及び第2図参照)。

ロ 引例2

正方向シフトと逆方向シフトの2入力を設け、正逆いずれの方向にもシフトできる可逆シフトレジスタ(公報第1欄20行ないし24行、別紙図面3参照)。

ハ 引例3

表示装置のシフトレジスタとして、シフト方向が切換可能である可逆シフトレジスタを用いること(公報第3頁左下欄17行ないし同頁右下欄6行、別紙図面4第1図参照)。

(3)  本願第1発明と引例1記載のものとを比較する。

a 引例1の「シフトレジスタ(34)」は、入力される文字パターンデータ、即ちパターン信号をシフトクロックに同期してシフトさせて並列に変換する常套のものであるから、本願第1発明の「直・並列変換回路」に相当するものと認められる。

b 引例1の「ラッチ回路(36)」は、前記シフトレジスタからの並列の信号を一定時間記憶するものであるから、本願第1発明の「ラインメモリ」に相当するものと認められる。

c 引例1の「列ドライバ(18)」は、前記ラッチ回路の並列出力信号に基づいてマトリックス表示パネルのパネル電極を駆動させるための並列の駆動出力信号を発生させるものであるから、本願第1発明の「駆動装置」に相当するものと認められる。

前記a、b及びcのことから、本願第1発明と引例1記載のものとは、

「入力されるパターン信号をシフトクロック信号に同期してシフトさせることによって並列の信号に変換する直・並列変換回路、

該並列の信号を一定時間記憶するラインメモリ、

該ラインメモリの並列出力信号に基づいて、マトリクスパネルのパネル電極への並列の駆動出力信号を発生する駆動回路、

を具備するマトリクスパネル駆動装置」

である点で一致しているものと認められる。

しかしながら、本願第1発明では、直・並列変換回路は、双方向のシフトが可能な複数のフリップフロップを多段接続し、両端どちらか一方のフリップフロップからパターン信号の入力を可能ならしめたものであるのに対して、引例1には、直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類については何も記載されていない点で両者の間に差異があるものと認められる。

(4)  そこで、前記の差異について検討する。

<1> フリップフロップを多段に接続した可逆シフトレジスタ、即ち、双方向のシフトが可能な複数のフリップフロップを多段接続し、両端どちらか一方のフリップフロップから信号を入力して所定の方向にシフトさせて並列の信号に変換させる可逆シフトレジスタ自体は周知のものである(引例2等参照)。

<2> 可逆シフトレジスタのシフト方向を要求されるシフト方向に従って右方向あるいは左方向に設定すると、可逆シフトレジスタが右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能することから、可逆レジスタが右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタと代替できることは明らかである。

<3> そして、表示装置に可逆シフトレジスタを用いることは、引例3にみられるように公知である。

<4> したがって、引例1記載のマトリックスパネル駆動装置の直・並列変換回路、即ち、シフトレジスタの代替として周知の可逆シフトレジスタを所定のシフト方向にして用いることは当業者が容易に想到し得るものであり、また、本願第1発明の効果は、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果から予測し得る範囲のものであり、格別顕著なものと認めることができない。

(5)  以上のことから、本願第1発明は、引例1ないし引例3の記載事項及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、本願は、特許請求の範囲第2項記載の発明については審理するまでもなく、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち「引例1には、直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類については何も記載されていない」との点は争うが、その余は認める。同(4)<1>は認める。同(4)<2>のうち「可逆シフトレジスタは、シフト方向の設定により、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能する」ことは認めるが、その余は争う。同(4)<3>、<4>及び同(5)は争う。

審決は、本願第1発明と引例1記載のものとの相違点の認定及び相違点に対する判断をそれぞれ誤り、かつ、本願第1発明の奏する顕著な作用効果を看過して、本願第1発明の進歩性を否定したものであって、違法である。

(1)  相違点の認定の誤り(取消事由1)

審決は、引例1には直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類については何も記載されていない旨認定しているが、誤りである。

引例1の第2図(別紙図面2の第2図)によれば、シフトレジスタ34は、入力側(右側)が1本の接続線によって並直(P/S)変換回路32に接続され、かつ、出力側(下方)が多数の接続線によってラッチ回路36に接続されているだけであり、その他に、シフトレジスタ34のシフト方向を設定するための接続線又はそのシフト方向を設定するための端子はシフトレジスタ34の周囲には全く示されていない。したがって、上記1本の接続線は、時間順次に供給される文字パターンデータを、並直変換回路32からシフトレジスタ34に伝送させる線であることは明らかであり、この線を介してシフトレジスタ34のシフト方向を設定するシフト信号が伝送されることはない。また、引例1の第2頁左下欄17行ないし右下欄5行の記載からみても、入力された文字パターンデータは、シフトレジスタ34内で順次右側から左側にシフトされていくことは明らかである。

以上のとおり、引例1のシフトレジスタが1方向シフトレジスタであることは明らかであるから、この点を看過した審決の相違点の認定は誤りである。

(2)  相違点に対する判断の誤り(取消事由2)

<1> 一般に、可逆シフトレジスタであっても、いずれかのシフト方向が設定されると、そのシフト方向の設定が変更されない条件下においては1方向シフトレジスタと同様の動作が行われるから、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能するということはできる。

しかし、そのことから直ちに、「可逆シフトレジスタが右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタと代替できることは明らかである。」とした審決の判断は、具体的な技術的根拠のないものであって誤りである。

(a) 本来、1方向への信号シフトのみを必要とする箇所に使用されるシフトレジスタとしては、通常の技術的要求である、構成の簡素化やコスト等の点を考慮すれば、1方向への信号シフトのみを達成できる1方向シフトレジスタを選択するのが技術常識である。これに対し、本願第1発明のように、1方向へのシフトのみを必要とする箇所に使用されるシフトレジスタとして、敢えて、選択的に双方向への信号シフトが達成できる、高価で回路構成の煩雑な可逆シフトレジスタを使用することは、通常の技術的要求であるところの構成の簡素化やコスト等の点を無視したものであって、上記技術常識に反することである。

したがって、マトリクスパネル駆動装置に可逆シフトレジスタを用い、そのシフト方向を固定して使用するという選択をするには、当然に何らかの技術的根拠がなければならない。

しかるに、引例1ないし引例3には、可逆シフトレジスタを1方向シフトレジスタとして選択することの記載や示唆を一切見出すことができない。そして、そのような技術は自明ないし慣用の手段でもない。

以上のとおりであるから、審決の上記判断は、技術的根拠を明らかにすることなくなされたものというべきであって誤りである。

(b) 本願第1発明において、本来1方向の信号シフトのみが要求される箇所に可逆シフトレジスタを選択使用しているのは、以下述べるとおり、格別の技術的根拠に基づくものである。

本願の図面第11図(別紙図面1第11図)に示すような配置によって一方向シフトレジスタを使用すると、マトリクスパネルに対する1方向シフトレジスタの一方側及び/または他方側への配置状況に応じて、(イ)右シフトレジスタと左シフトレジスタの2種類の1方向シフトレジスタを用意し、それらをパネルと駆動装置の配置状況に応じて選択的に使用する、(ロ)1種類の1方向シフトレジスタを用いる場合には、他方側に配置される1方向シフトレジスタとマトリクスパネルのパネル電極との間の接続を集積回路内で交差接続させるか、他方側に配置される1方向シフトレジスタとマトリクスパネルのパネル電極との間の接続を印刷回路板内で交差接続させるか、他方側に配置される1方向シフトレジスタに供給されるデータの印加順序を反転させる等の必要性が生ずる。そして、これらの方法にあっては、シフトレジスタの開発に費用と手間を要する、組立時に1方向シフトレジスタの種類の選択を誤るおそれがある、集積回路の設計が困難になり、製造歩留り悪化によるコストの増大を招く、製造工程数の増加と歩留りの悪化を招く、データ交換用の高価なプロセッサを別途必要とする等、いずれの方法においても構成の複雑化、コストの増加という問題を生ずる。

このような問題を解決するために、本願第1発明は、1方向シフトレジスタに代えて可逆シフトレジスタを採用し、しかもマトリクスパネルの駆動装置に対する配置状況に応じ、可逆シフトレジスタのシフト方向を固定的に設定するようにしたものであり、これによって、簡単な構成により、製造工程数の増加もなく、コスト増の少ないマトリクスパネル駆動装置が得られるものである。

このように、本願第1発明における可逆シフトレジスタの採用は格別の技術的根拠に基づくものであって、通常の場合の可逆シフトレジスタ選択とは、その意義を異にするものである。

<2> また、審決は、表示装置に可逆シフトレジスタを用いることは引例3にもみられるように公知であると認定し、この点も、本願第1発明における可逆シフトレジスタの採用(引例1への引例2の適用)の想到容易性の根拠としているが、誤りである。

本願第1発明は、多数の列線及び行線を有し、それら列線と行線の各交点に表示素子が配列され、各表示素子が対応する列線及び行線の駆動により付勢されるマトリクスパネル表示装置に用いられるマトリクスパネル駆動装置を対象とした発明であるのに対し、引例3は、行列に配列された多数の表示点を有し、各表示点が行順次式又は列順次式に付勢される表示移動型ディスプレイ装置又はそれに用いられる駆動装置を対象にした発明である点で相違しており、技術課題も当然異なっている。したがって、引例3の表示装置において可逆シフトレジスタが用いられていることが、引例1の1方向シフトレジスタに引例2の可逆シフトレジスタを適用することの想到容易性を裏付けるものとはいえない。

<3> 可逆シフトレジスタ自体は、通常の技術常識に従えば、せいぜい「シフト信号の供給に従って信号の入力方向及び信号のシフト方向を動作中に任意に変更させる」機能を有するものであるところ、本願第1発明において可逆シフトレジスタを使用しているのは、駆動装置中の1方向シフトレジスタに代えて、シフト方向をどちらか一方に設定し、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして用いるものであって、可逆シフトレジスタ自体が有する通常の機能を用いるものではない。この点からいっても、本願第1発明は引例1ないし引例3から当業者が容易に想到し得るものではない。

<4> 以上のとおりであるから、引例1記載のマトリックスパネル駆動装置の直・並列変換回路、即ち、シフトレジスタの代替として周知の可逆シフトレジスタを所定のシフト方向にして用いることは当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の判断は誤りである。

(3)  顕著な作用効果の看過(取消事由3)

本願第1発明は、パターン信号の入力順序及び駆動回路の出力端子と液晶マトリクスパネル(パネル電極)への接続順序が限定されない融通性のあるマトリクスパネル駆動装置を提供することを目的とし、「パターン信号の入力順序が逆になっても駆動回路の出力とパネル電極の接続を変更する必要がない。また、駆動回路とパネル電極との接続を逆にする必要がない。このことから、パターン信号の入力順序及び駆動回路とパネル電極との接続順序が限定されない融通性のあるマトリクスパネル駆動装置及びそれを用いたマトリクス表示装置とすることができる。さらに、パターン信号の入力順序が逆になる場合、具体的には画面を分割して上下2個の駆動回路を使用する場合、従来の直・並列変換回路を使用すると、駆動回路とパネル電極とを接続する信号線が交差する部分が生ずる。本発明の双方向の直・並列変換回路を使用すると、駆動回路とパネル電極とを接続する信号線が交差することがなく、配線の信頼性の低下を防止できる。」(甲第2号証第6欄6行ないし21行)との作用効果を奏する。

一方、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果は、せいぜい「シフト信号の供給に従って信号の入力方向及び信号のシフト方向を動作中に任意に変更させる」ようにした点に止まるものである。本願第1発明は、可逆シフトレジスタが専ら有する上記のような機能を直接利用するものではない。

このように、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果には、少なくとも本願第1発明が奏する上記のような顕著な作用効果を予測し得るものは含まれていないから、「本願第1発明の効果は、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果から予測し得る範囲のものであり、格別顕著なものと認めることはできない。」とした審決の判断は誤りであり、本願第1発明の顕著な作用効果を看過したものというべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断に原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引例1には、シフトレジスタ34が信号を1方向にシフトすることが記載されているだけで、それが1方向シフトレジスタであるか、可逆シフトレジスタであるかは全く不明である。例えば、引例1の第1図のように、表示パネルの上辺に駆動装置が配置され、第2図のようにシフトレジスタに右側から入力され、かつ、直列信号の順序が左から右に表示するように並べられて伝送するものとすれば、当然シフトレジスタは右から左への1方向にシフトするように設定するであろう。しかし、駆動装置は表示パネルの上辺に配置されるものとは限らず、下辺あるいは上下に分割して配置される場合もあり、また、直列信号の順序も上記のように並べられるとは限らないのであり、これらに対応しようとすれば当然に可逆シフトレジスタを用い、例えば直列信号順序によってそのシフト方向を設定することが想定される。してみれば、引例1のシフトレジスタが右から左にのみシフトされるものであるとしても、可逆シフトレジスタによりシフト方向が設定された結果であるかもしれないのである。

したがって、引例1には直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類については何も記載されていないとした審決の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1> 特許請求の範囲第1項の記載からみて、本願第1発明のマトリクスパネル駆動装置が1方向への信号シフトのみを必要とするものとは考えられず、特許請求の範囲第1項には、原告の主張する「1方向の信号シフトのみが要求される箇所に可逆シフトレジスタを選択使用する」という構成は記載されていない。

そして、本願明細書中の「従来用いていた直・並列変換回路4のシフト機能は1方向のみである・・・シフト方向が1方向であるために、パターン信号の入力順序が限定される。」(甲第2号証第3欄24行ないし30行)、「駆動回路2の出力とパネルの間の接続をかえる必要がない。このことから、汎用性のある駆動装置を構成することができる。」(同5欄27行ないし29行)等の記載からみて、本願第1発明は、従来の技術課題として必要とされた左右方向にシフトするシフトレジスタが必要な箇所に可逆シフトレジスタを使用したものであることは明らかである。

また、引例1においても、シフトレジスタのシフト方向は、パターン信号の入力順序やパネルに対する駆動装置の配置により考慮しなければならない自明の技術事項であって、そのような課題は引例1のものにおいても当然に存するから、引例1に可逆シフトレジスタを1方向シフトレジスタとして選択することの記載や示唆はないとする原告の主張は理由がない。

<2> 審決が引例3を引用したのは、表示装置の技術分野において、シフトレジスタのみならず可逆シフトレジスタもよく用いられていることを示したにすぎず、それを表示移動型ディスプレイ装置に適用した点や、マトリクスパネルの駆動装置に用いることが公知であることを示すためではない。即ち、引例1に引例2の可逆シフトレジスタを適用するに当たり、表示装置の技術分野における当業者であれば、可逆シフトレジスタの特質を熟知しているはずであり、上記適用が容易であることを示すために引用したものである。

<3> 前記(1)で述べたとおり、引例1に示されたような液晶マトリクスパネルの駆動装置においては、駆動装置とパネルとの配置如何によって、右方向シフトレジスタと左方向シフトレジスタのいずれもが必要であり、引例2には、右方向シフト及び左方向シフトのいずれの要求にも応じられる汎用の可逆シフトレジスタが示されている。

したがって、表示装置の分野において可逆シフトレジスタを用いるという引例3の開示のもとに、引例1に示された液晶マトリクスパネルの駆動装置において必要とされる要求に応じるべく、引例2に示された可逆シフトレジスタを適用することは容易に考えられるところである。

<4> 以上のとおりであって、引例1記載のマトリクスパネル駆動装置の直・並列変換回路、即ち、シフトレジスタの代替として周知の可逆シフトレジスタを所定のシフト方向にして用いることは当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

原告が主張する本願第1発明の作用効果は、引例1のものにおけるシフトレジスタの代わりに、引例2の可逆シフトレジスタを用いることによって奏することのできるものであり、可逆シフトレジスタが有する作用効果から必然的に導き出されるものである。

したがって、本願第1発明の効果は可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果から予測し得る範囲のものであり、格別顕著なものと認めることができないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実、審決の理由の要点(1)及び(2)、同(3)のうち「引例1には、直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類については何も記載されていない」との点を除くその余の部分、同(4)<1>、並びに同(4)<2>のうち「可逆シフトレジスタは、シフト方向の設定により、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能する」との点ついては当事者間に争いがない。

2  本願第1発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、次の事実が認められる。

本願第1発明は、マトリクス表示装置において、マトリクスパネル上に線順次走査方式で文字、数字等を表示するためのマトリクスパネル駆動装置に関するものである。

マトリクスパネル駆動装置において、従来用いられていた直・並列変換回路のシフト機能は1方向のみであり、そのために決められたパターンをパネル上に表示する場合、パターン信号の入力順序が限定されるものであった。特開昭50-156396号公報第1図b、特開昭52-94797号公報第7図、特開昭52-115198号公報第1図b、第2図等で知られるような走査電極及び/または信号電極の引出し電極がパネルの両側に設けられる場合等、パネルに対して駆動装置の配置位置が種々になる場合に次のような問題が生じる。即ち、信号電極の引出し電極がパネルの両側に設けられる例を示した別紙図面1第11図に示されるように、パターン信号の入力順序が、パネルの右から左へのものと、パネルの左から右へのものとの2種類があり、パターン信号が右から左へ入力されるだけのものや、左から右へ入力されるだけのものは第11図のような接続関係のものには適用できない。したがって、パターン信号の入力順序が限定される。また、逆に、パターン信号の入力順序が決まっているときは、駆動回路の出力端子と信号電極との接続線が交差しなければならず、駆動回路の出力端子とパネル電極の接続の順序が限定される。

本願第1発明は、マトリクスパネル駆動装置における上記のような不都合を解消すべく、パターン信号の入力順序及び駆動回路の出力端子とパネル電極との接続順序が限定されない融通性のあるマトリクスパネル駆動装置を提供することを目的として、その要旨のとおりの構成を採用したものである。

3  審決取消事由に対する判断

(1)  取消事由1について

審決が、本願第1発明と引例1とを対比し、本願第1発明では、直・並列変換回路は双方向のシフトが可能なものであるのに対し、引例1には直・並列変換回路であるシフトレジスタの種類について記載がない点で両者の間に差異があると認定した上、この相違点を前提として、引例1のシフトレジスタに代替して引例2により周知の可逆シフトレジスタを用いることの想到容易性について判断していることは、審決の理由の要点より明らかである。

上記のとおり、審決は、引例1には少なくとも本願第1発明におけるような双方向性のシフトレジスタが記載されていないとの前提に立って、上記のような代替の想到容易性につき判断しているのであるから、引例1に記載のシフトレジスタが1方向性のものであって、その点で、「引例1には、直・並列変換回路であるシフトの種類については何ら記載されていない」とした審決の認定に誤りがあるとしても、その誤りは審決の結論に何ら影響を及ぼすものとは認められない。

したがって、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  フリップフロップを多段に接続した可逆シフトレジスタ、即ち、双方向のシフトが可能な複数のフリップフロップを多段接続し、両端どちらか一方のフリップフロップから信号を入力して所定の方向にシフトさせて並列の信号に変換させる可逆シフトレジスタ自体は、引例2に示されるように周知であること、可逆シフトレジスタは、シフト方向の設定により、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタ(1方向性シフトレジスタ)として機能するものであることは、前記1項のとおり当事者間に争いがない。

<2>  前記2項に認定のとおり、マトリクスパネル駆動装置において、従来用いられていた直・並列変換回路のシフト機能は1方向のみであったため、走査電極及び/または信号電極の引出し電極がパネルの両側に設けられる場合等、パネルに対して駆動装置の配置位置が種々になる場合にパターン信号の入力順序が限定され、逆にパターン信号の入力順序が一定であるときは、駆動回路の出力端子とパネル電極の接続順序が限定されるものであった。そして、このような従来技術の問題点を解決する手段として、(イ)右シフトレジスタと左シフトレジスタの2種類の1方向シフトレジスタを用意し、それらをパネルと駆動装置の配置状況に応じて選択的に使用する、(ロ)1種類の1方向シフトレジスタを用いる場合には、他方側に配置される1方向シフトレジスタとマトリクスパネルのパネル電極との間の接続を集積回路内で交差接続させるか、他方側に配置される1方向シフトレジスタとマトリクスパネルのパネル電極との間の接続を印刷回路板内で交差接続させるか、他方側に配置される1方向シフトレジスタに供給されるデータの印加順序を反転させる方法等が本願出願前に知られていたものであることは、原告の自認するところである。

しかして、本願第1発明は、上記のような問題点を解決すべく、直・並列変換回路において、従来用いられていた1方向性フリップフロップに右シフト、左シフトが可能な双方向性を持たせ、これらフリップフロップを直列に接続して、両端のどちらか一方のフリップフロップからパターン信号の入力を可能ならしめ、パターン信号の入力順序及び駆動回路の出力端子とパネル電極への接続順序が限定されない融通性のあるマトリクスパネル駆動装置を提供することを技術課題とするものである。

<3>  上記のとおり、マトリクスパネル駆動装置において、パネルと駆動装置の配置状況によっては、パターン信号の入力順序が所要の入力順序と逆になってしまったり、あるいはパターン信号の入力順序が決まっているときは駆動回路の出力端子とパネル電極との接続順序が限定されるという事態が生じるため、これに対処するための方策が必要であり、その方策として、原告の自認する、上記のようないくつかの技術的手段が知られていたこと、したがって、上記事態に対処するための方策を用意すべきことは、マトリクスパネル駆動装置を設計する上での当然の設計条件であると認められること、本願第1発明は、上記<2>の従来技術のうちの(イ)の手段、即ち、右方向シフトレジスタと左方向シフトレジスタとを用意して、駆動装置とパネルとの配置状況に応じてこれらを選択的に使用する方法と対比すると、要するに、2種類の異なる1方向性シフトレジスタを用意し、選択的に使用することに代えて、従来周知であって、これら各シフトレジスタの機能を兼ね備えた可逆シフトレジスタを使用するという、部品選択に係るものにすぎないものというべきであることを総合すると、上記のような事態を解決するための手段として、従来周知の可逆シフトレジスタを採用し、そのシフト方向を任意の1方向に設定することによって、これを右方向シフトレジスタ又は左方向シフトレジスタとして機能させる本願第1発明の構成に想到することは、当業者であれば容易になし得たことと認めるのが相当である。

したがって、可逆シフトレジスタが右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能するものであることを理由として、可逆シフトレジスタが右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタと代替できるとした審決の判断に誤りはない。

<4>  原告は、本願第1発明のように1方向へのシフトを必要とする箇所に使用されるシフトレジスタとして、敢えて可逆シフトレジスタを用いることは、通常の技術的要求であるところの構成の簡素化やコストの点等を無視したものであって、技術常識に反することであり、本願第1発明における可逆シフトレジスタの採用は格別の技術的根拠に基づくものである旨主張する。

しかし、マトリクスパネル駆動装置のシフトレジスタは、その使用動作上は1方向の信号シフトのみを必要とするものではあるが、駆動装置の設計上は、その配置位置に対処するために右シフトあるいは左シフト機能のいずれをも必要とするものであることは上記<2>に述べたところによっても明らかであり、また、可逆シフトレジスタを用いることが構成の簡素化やコスト等の点を無視するものであるとは認め難く、上記のような必要性を満たすために、シフト方向の設定により右シフトあるいは左シフト機能のいずれをも奏し得る可逆シフトレジスタを利用することが特に技術常識に反することとは認められない。また、本願第1発明における可逆シフトレジスタの採用が格別の技術的根拠に基づくものといえないことは、上記<3>に説示したところから明らかである。したがって、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、審決が引例3を引例1に引例2を適用するための想到容易性の根拠としていることの誤りを主張する。

しかし、審決が引例3を引用した趣旨は、単に、表示装置に可逆シフトレジスタを用いることが公知であるとして、表示装置の技術分野における可逆シフトレジスタ使用の公知性を示すに止まるものであり、同引例の表示装置において可逆シフトレジスタが用いられていることが、引例1に引例2の可逆シフトレジスタを適用することの想到容易性を裏付けるものとして、引例3を引用しているものでないことは、審決の理由の要点に照らし明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

さらに、原告は、本願第1発明において可逆シフトレジスタを使用しているのは、駆動装置中の1方向シフトレジスタに代えて、シフト方向をどちらか一方に設定し、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして用いるものであって、可逆シフトレジスタ自体が通常有する「シフト信号の供給に従って信号の入力方向及び信号のシフト方向を動作中に任意に変更させる」という機能を用いるものではないから、この点からいっても、本願第1発明は引例1ないし引例3から当業者が容易に想到し得るものではない旨主張する。

しかしながら、可逆シフトレジスタの上記機能は、可逆シフトレジスタのシフト方向の設定を動作中に変更するようにした一使用態様におけるものであるし、その機能からして、可逆シフトレジスタを1方向シフトレジスタとして用いることができないとするいわれはなく、また、本願第1発明は、要するに、本来双方向性を有する可逆シフトレジスタの機能を全面的に使用することなく、2種類の1方向性シフトレジスタに代えて、そのうちの一部の機能にのみ着目した使用方法を選択するものというべきものであるから、原告の上記主張は採用できない。

<5>  以上のとおりであるから、引例1記載のマトリックスパネル駆動装置の直・並列変換回路、即ち、シフトレジスタの代替として周知の可逆シフトレジスタを所定のシフト方向にして用いることは当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の判断に誤りはないものというべきであって、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

前掲甲第2号証によれば、本願公告公報の第6欄6行ないし21行には、本願第1発明は、請求の原因4(3)に記載の作用効果を奏する旨記載されていることが認められる。

ところで、原告が、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果であるとする、「シフト信号の供給に従って信号の入力方向及び信号のシフト方向を動作中に任意に変更させる」というのは、可逆シフトレジスタのシフト方向の設定を動作中に変更するようにした一使用態様における作用効果であるところ、通常は、可逆シフトレジスタを動作中にシフト方向の設定が変更される態様で使用されることが多いとしても、可逆シフトレジスタ自体の有する作用効果を上記のものに限定的に解すべき理由はなく、シフト方向の設定を固定することにより、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとしての作用効果を奏することも、可逆シフトレジスタ自体の作用効果として当然に予定されているところというべきである(ちなみに、可逆シフトレジスタがシフト方向の設定により、右シフトレジスタあるいは左シフトレジスタとして機能するものであることは、前記のとおり当事者間に争いがない。)。

そして、本願第1発明の上記作用効果は、可逆シフトレジスタをシフト方向の設定を固定して使用した場合の当然の作用効果であることは明らかであり、引例1のシフトレジスタに引例2のような可逆シフトレジスタを適用したことにより当然に奏するものであって、格別のものとすることはできない。

したがって、「本願第1発明の効果は、可逆シフトレジスタ自体が有する作用効果から予測し得る範囲のものであり、格別顕著なものと認めることはできない。」とした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

別紙図面4

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例